2. 伝統こけしの成立ち

伝統こけしの誕生

創作こけしの基礎となった伝統こけしは、江戸時代の文化、文政から天保年間のころに誕生したと考えられています。もともとは子供の手遊び玩具として、東北各地の温泉場の土産物屋で売られていました。また温泉以外の町や村でも、雑貨屋などで日用品と一緒に売っているところもありました。また神社の参道の露店や、呉服屋や荒物屋の店先で売っていたことも記録されています。こけしはこのような様々な経路をとって家庭に入り子供たちの手に与えられ遊び相手をしたものです。

こけしと木地師

ではなぜ東北地方がこけしの故郷になったのでしょうか。これについては二つの要因があると考えられています。第一はこけしの作り手である木地師との関係です。木地師は西南地方各地にも居ましたが、近世になって陶磁器産業が盛んになって日常用いる食器類が木器から陶磁器に移行したこともあり、多くが農業その他の職業に転業していきました。木地師が少ない土地で、ろくろで木製人形を作り始めるとは考えにくいです。

東北地方の木地師

同じ時期の東北地方では木製食器の需要が続いていました。材料となる木材の資源も豊富で多数の木地師が塗下木地をつくって生活をしていました。その中の一部が温泉の周辺に住居を構えて、日用雑器をつくり里人や温泉の湯治客に売って生活をしていました。
このように東北地方では近世末期まで木地師という職業が存在したということがこけしの発生につながったと考えられています。

湯治とこけし

第二は温泉と湯治客の存在です。湯治は寒冷と風雪、温泉が相まって出来上がった東北地方独特の風習です。湯治の期間は一週間から数か月に及ぶこともあります。子供は退屈しておもちゃを欲しがります。家に待つこどもや近所のお土産も必要でした。そうしたときに木地屋がつくる日用雑貨、こけしやこまなどの木地玩具が重宝されました。


(初期のこけし”きぼこ” )「山中登 こけし・その伝統と創作」(1969年保育社発行)